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神経膠腫(グリオーマ)
【1】神経膠腫とは
神経膠腫(グリオーマ)とは、脳に発生する悪性腫瘍で、原発性脳腫瘍の約30%を占めます。 脳と脊髄には、神経細胞と神経線維以外に、その間を埋めている神経膠細胞があります。この神経膠細胞から発生する腫瘍の総称です。
神経膠腫の頻度は、脳に原発する腫瘍の中で25.2%(4人に1人)です。神経膠細胞には星状膠細胞、稀突起膠細胞、上衣細胞、などがあり、これらから発生する腫瘍はそれぞれ、星状細胞腫、稀突起(きとっき)神経膠腫、上衣腫、などと呼ばれます。 神経膠腫の多くは脳内・脊髄内に広がって発育する(浸潤)のが特徴で、これが治療を困難にしている理由です。つまり、同じ場所に正常脳組織と腫瘍細胞が混在しているので、手術で全部摘出することができないのです。
上記病名は病理組織学的な所見に基づいた病名で、さらにいくつかに細分されますが、WHOでは臨床的悪性度も併せてグレードで評価しています。グレードIが最も良性で、グレードIVが最も悪性です。一般に、悪性神経膠腫とは、グレードIIIとIVの腫瘍をいいます。良性の神経膠腫が経過中に悪性に転化することはよくみられます。ちなみに生存期間中央値(50%の人が生存している期間で、平均生存期間に近い)は、グレードIで8~10年、グレードIIで7~8年、グレードIIIで約2年、グレードIVで1年未満とされています。
神経膠腫の大分類 | 神経膠腫の細分類 | WHOグレーディング |
---|---|---|
星状細胞系腫瘍 | 毛様細胞性星状細胞腫 | グレードI |
上衣下巨細胞性星状細胞腫 | グレードI | |
多形黄色星状細胞腫 | グレードII | |
びまん性星上細胞腫 | グレードII | |
退形成性星状細胞腫 | グレードIII | |
膠芽腫 | グレードIV | |
稀突起膠細胞系腫瘍 | 稀突起神経膠腫 | グレードII |
退形成性稀突起神経膠腫 | グレードIII | |
上衣細胞系腫瘍 | 上衣腫 | グレードII |
退形成性上衣腫 | グレードIII | |
脈絡叢系腫瘍 | 脈絡叢乳頭腫 | グレードI |
脈絡叢がん | グレードIII |
【2】症状
1.頭蓋内圧亢進症状(ずがいないあつこうしんしょうじょう)
脳腫瘍の症状として頭痛・吐き気・嘔吐がよくあげられますが、これは頭蓋骨の内部の圧が高くなることによっておこる症状(頭蓋内圧亢進症状)です。脳は頭蓋骨という硬い入れ物に囲まれているため、脳腫瘍によってこの入れ物の中の容積が増え、内圧が上昇した結果、これらの症状がおこります。特に悪性腫瘍においては、大きくなる速度が速く、しかも腫瘍の周囲に広範な脳のむくみを伴うため、急激に圧が上昇します。最も多い症状は頭痛で、腫瘍の部位に一致して痛くなることも少なくありません。
腫瘍のできる部位によっては、腫瘍が小さくても脳の中にある特殊な水(脳脊髄液:のうせきずいえき)の流れが障害されて、脳室といわれる所に水がたまってしまい、水頭症を引きおこします。この場合も、容積が一定の頭蓋骨の中に水がたまってくるので頭蓋内圧が高くなります。頭蓋内の圧が極度に高くなると、大脳と小脳の間にあるテントという膜の隙間や、脳と脊髄を連絡する大後頭孔に向かって脳の一部が陥入する脳ヘルニアがおこり、突然意識がなくなったり、呼吸が停止するなどの重篤な状態を引きおこします。
2.局所症状
脳腫瘍のもうひとつの症状は、腫瘍ができている部分の脳の働きに障りが出ることによっておこる症状です。脳は部位によって働きがはっきり分れているため、腫瘍のできた部位によって出現する症状が異なります。例えば、前頭葉と頭頂葉を分ける中心溝という溝のすぐ前は運動野と呼ばれ、運動神経細胞が中央から側方に向かって足、手、顔の順に並んでいます。この領域の障害により強い運動麻痺が出現します。中心溝のすぐ後ろが感覚野であり、感覚神経が同様に足、手、顔の順に並んでいます。
また、優位半球(多くは左大脳半球)の前頭葉の側方および側頭葉の後上方には言語中枢があり、それぞれ障害を受けると、相手の話は理解できるが自分ではしゃべれない運動性失語と、相手の話も理解できなくなる感覚性失語をきたします。後頭葉は視神経の中枢であり、一側の後頭葉の障害は、その反対側の半盲(左右ともに右半分あるいは左半分の視野が欠ける状態)をおこします。その他、腫瘍の発生部位により、左右を間違える、計算ができなくなる、読み書きができなくなる、記憶が悪くなるなどさまざまな症状が出現するため、その症状から逆に腫瘍の部位を推察することができます。
小脳は運動のバランスをとる部分であるため、小脳腫瘍ではまっすぐに歩けないなどの歩行障害や手足のふるえが出現します。また、脳脊髄液の通路に近いため、その通過障害により水頭症も出現します。脳幹は脳のすべての神経が集まり脊髄に移行する部分であるため、小さな病変でも四肢が麻痺します。また、大脳の病変では反対側の片麻痺などをおこしますが、脳幹部では顔面や目の動きの麻痺と手足の麻痺が反対側になります。
【3】診断
CT、MRIによってほとんどの脳腫瘍の診断は可能です。医師が診れば、腫瘍の部位だけでなく、多くはその腫瘍の種類まで診断可能になります。 CTはX 線を用い、MRIは磁気を利用して断層写真をつくるものですが、情報量はMRIのほうが多く、人体に対する影響も少ないとされています。しかし、強力な磁気を用いるため、ペースメーカーを使用している場合や、過去の手術で体内に金属を埋め込んである場合などは検査ができないこともあります。
手術を行う際には、腫瘍と脳の血管との関係をみたり、腫瘍にどの程度血管が入っているかなどを調べる目的で脳血管撮影が行われます。足のつけ根の動脈から細い管を挿入し、頸動脈や椎骨(ついこつ)動脈まで進めて造影剤を注入してレントゲン撮影を行います。より簡便な方法として、頸動脈に直接針を刺して造影剤を注入することもあります。また、最近ではMRIやCTを用いて脳血管を映し出す方法もとられています。
【4】各種神経膠腫の特徴
生存率は、通常、がんの進行度や治療内容別に算出しますが、患者さんの年齢や合併症(糖尿病などがん以外の病気)の有無などの影響も受けます。用いるデータによってこうした他の要素の分布(頻度)が異なるため、生存率の値が異なる可能性があります。
1.星細胞腫
一般に脳腫瘍の症状は、徐々に増強する頭痛と片麻痺などの神経症状を特徴とします。悪性度の高い星細胞腫では、症状の発現から重篤な意識障害をきたすまでの期間が短く、数週間~数ヶ月ですが、悪性度の低いものでは数年におよぶこともあります。また、突然の痙攣(けいれん)発作で発症する場合もあります。一般に悪性度の低い星細胞腫は、CTでは黒くはれた画像として映ります。造影剤を静脈注射してもほとんど変化が認められないため、脳梗塞と区別のつきにくいものもありますが、多くは症状の出現のしかたで脳血管障害と区別されます。悪性度が高い星細胞腫は、造影剤により辺縁がリング状に白く造影され、内部は壊死(えし)をおこしているため黒く抜けたままです。
また、周辺には広範な脳浮腫が認められます。MRIにより、腫瘍の広がりや周囲の正常脳との関係はよりいっそう明瞭になります。治療法については後述しますが、正常な脳との境界が不明瞭なため、手術のみでは腫瘍全部を摘出できないために、術後に放射線治療や化学療法が行われます。予後はグレードによって異なります。比較的おとなしいタイプのグレードIIの星細胞腫であれば5年生存率は60~70%ですが、最も悪性のグレードIVでは10%以下です。
2.稀突起膠細胞腫
星細胞腫に比べ、経過が長いことが多く、数年来の痙攣発作を主症状とすることも珍しくありません。前頭葉に多くみられ、石灰化を伴うことが多く、ときに硬膜への浸潤や腫瘍内出血もみられます。まれには再発を繰り返し、頭蓋外への転移も報告されています。予後は星細胞腫よりもよく、5年生存率は70~80%で、悪性の稀突起膠細胞腫でも比較的よく化学療法に反応します。
3.上衣腫
大脳の深部には脳室と呼ばれる脳脊髄液を貯留する部屋があり、その壁を形成しているのが上衣細胞と呼ばれる細胞です。その上衣細胞より発生するのが上衣腫であり、普通は脳室壁に接する形で存在します。悪性度はあまり高くありませんが、大脳深部に発生することが多いため、手術で全部摘出することが難しく、術後に放射線療法や化学療法が追加されます。上衣腫の中には治療後すぐに再発し、急速に病状が進行する場合もあります。5年生存率は60~70%程度です。
4.脳幹グリオーマ
脳幹部、特に橋と呼ばれる大脳と脊髄の中間部分に発生する星細胞腫は、特別に脳幹グリオーマとして扱われ、小児によく発症します。眼の動きをつかさどる動眼神経や顔の筋肉を動かす顔面神経などの脳神経の障害側と手足の麻痺が反対側になるのが特徴です。また、両手両足の四肢が麻痺することもあります。手術が困難な部位であるため、手術が行われたとしても組織を確認するだけのことが多く、放射線照射主体の治療が行われていますが、予後はよくありません。
【5】治療
脳悪性神経膠腫に対しては手術、放射線療法、化学療法などを組み合わせた治療が行われます。この腫瘍は、正常脳に浸潤する形で発育するため、手術で全部摘出することは不可能ですが、最も悪性度の高い膠芽腫でも可能な限り広範に切除できた場合ほど生存期間が延びています。しかし、腫瘍を全部摘出すると正常な脳の機能を損なう可能性もあります。
1.放射線療法
放射線療法は、原則としてすべての悪性神経膠腫に対して行われます。かつては全脳に照射されていましたが、最近では放射線治療後の障害を少なくするため、腫瘍になるべく限局して照射するようになってきました。
2.抗がん剤治療
抗がん剤は、単独では脳腫瘍に対する治療効果は大きくありませんが、放射線との併用により、その治療効果が高まります。わが国においては、ニトロソウレア系の薬剤であるACNU(ニドラン)が多く用いられます。一般には放射線療法開始時と6週目の2回静脈内注射されますが、さらに他の抗がん剤やインターフェロンなども組み合わせて投与されることがあります。その後も約2ヶ月ごとに繰り返し、維持療法としてこれらの薬剤が投与されます。 また、最近では、経口の抗がん剤であるテモダールが新規の治療薬として認可され、悪性神経膠腫の治療に使われ始めています。
【6】再発時の治療
悪性神経膠腫の多くは、上記のような治療を行っていても初期治療から数ヶ月~数年で再発し、その際はさらに治療が困難になっているのが現状です。再発しても再手術が可能な場合もありますが、運動野、言語野などの深部に進展した場合は、再手術が難しくなります。可能な限り手術で腫瘍を摘出し、できれば放射線の追加照射を行います。しかし、多くの場合、すでに大線量の照射が行われており、追加照射による正常脳への影響を考えると照射できる放射線の量は限られるので、初回の照射に比べ治療効果も低くなります。また、抗がん剤もACNUを用いていながらの再発の場合は、それ以外の薬剤の選択が必要となり、やはり治療効果は低くなります。最近では、再発の病巣が小さければ、その部分だけに絞って放射線の照射を行うことができる定位的放射線治療が行われています。
【7】治療の副作用(外科療法による副作用対策)
脳腫瘍に対する開頭手術は、他の臓器の手術と比較して合併症が多いということはありません。最近の画像診断の進歩により、術前に腫瘍のある部位や広がりが詳細に描出されるようになりました。手術中も顕微鏡の使用や各種のモニタリングにより、摘出範囲がかなり正確に把握できるために、予定通りの手術が行われた際には、術前に比べ手術後の神経症状が悪化することは少ないといえます。しかし、ひとたび術後出血などをおこすとその症状は重篤であり、強い麻痺を残したり、意識障害をきたしたりすることもあるため、特に手術終了時の止血は慎重に行われます。術後血腫は、摘出した腫瘍腔内、脳内、硬膜下、硬膜外のいずれの部位にもおこりえます。術後に強度の頭痛が続いたり、意識障害や運動麻痺などが出現した場合には、術後血腫を疑い早急にCTを行い、必要に応じて再手術を行います。血腫のない場合でも術後数日間は脳浮腫が強まり、神経症状が悪化することがあります。一般には、ステロイド剤やグリセロールなどの脳圧降下剤の使用により改善しますが、ときには減圧のための開頭が必要になることもあります。術後に運動麻痺がある場合は、関節の拘縮(こうしゅく)の予防や運動機能回復のため、早期からのリハビリが必要です。運動麻痺に対するリハビリだけでなく、言語障害に対するリハビリも行われています。