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舌がん
【1】舌の場所と働き
いわゆる舌の奥1/3(指をつっこむとゲーとなるところ)は解剖学的には舌根(ぜっこん)といわれ、中咽頭に分類されます。したがって、舌がんという時の舌は、舌の前2/3(口を開けて普通に鏡で見える範囲)となります。 舌の主な働きは、嚥下機能(えんげきのう:食物をのどに送り込む)、構音機能(こうおんきのう:言葉を作る)、味覚の3つです。
1.嚥下機能(えんげきのう)
舌の働きで、口腔内で咀嚼(そしゃく:歯で噛み砕く)された食物をのどに送り込むことができます。舌の働きが悪くなると、上手く飲み込めずに食物が喉頭(こうとう)から気管に誤嚥(ごえん:食べ物や異物を気管内に飲み込んでしまうこと、または異物を消化管内に飲み込んでしまうこと)しやすくなります。また、上下の歯の間にはさまれた食物を内側から支える働きも行っているため、舌の動きが悪くなると咀嚼も上手くできなくなります。
2.構音機能(こうおんきのう)
喉頭(声帯)で形成された振動した空気(喉頭原音)が、咽頭・口腔で共鳴し、音になります。人間は共鳴腔(きょうめいくう)の形を種々に変化させて口唇から発することで言葉を作っています。この共鳴腔の形を変化させる主役が舌です。したがって、舌の働きが悪くなると、言葉のはっきりさ(明瞭度)が悪くなり、他の人に聞き返されることが増えてきます。
3.味覚
舌の表面に味覚を感じるセンサー(味蕾:みらい)がたくさんあり、主に舌で味を感じています。しかし、味覚を感じる細胞は舌だけでなく、上あごや頬の内側にも存在することから、舌がなくなっても味を感じることはできます。 これらの働きは、日常生活ではあまりにも当然のこととして意識されることすらないため、機能障害が生じた場合のハンディキャップ(不自由さ)は非常に大きいものとなります。
【2】特徴
舌がんは口腔内に発生するがんの約90%を占めます。舌がん患者の男女比は約2:1と男性に多くみられます。好発年齢は50歳代後半ですが、50歳未満が約1/4を占め、20~30歳代の若年者にも時々みられます。咽頭・喉頭がんなどの他の頭頸部がん患者の多くが60歳以上の男性であるの比べると、やや年齢層が若いのがひとつの特徴です。 舌がんの原因はまだ明らかではありませんが、飲酒・喫煙などの化学的な慢性刺激や、歯並びの悪い歯が常に当たる機械的な慢性刺激などが誘因と考えられています。 舌は自分で鏡を用いて見ることができるためか、約2/3はⅠ・Ⅱ期の状態で受診されます。しかしながら、舌がんの中には早い時期から頸部リンパ節に転移して急速に進行する極めてたちの悪いタイプがあるのもひとつの特徴です。このタイプを正確に診断することは困難であるため、転移や再発の有無をチェックするための治療後の経過観察は重要です。
【3】病期(ステージ)
舌がんの病期は国際的なTNM分類を用いⅠ~Ⅳ期にわけられますが、簡略に示すと次のようになります。
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T1
最大径が2cm以下
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T2
最大径が2cmを超えて4cm以下
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T3
最大径が4cmを超えて6cm以下
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T4
舌の周囲やあごの骨にまで広がっている
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N0
頸部リンパ節転移を認めない
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N1
3cm以下の頸部リンパ節転移を1個認める
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N2~3
それ以上の広がりをもつ頸部リンパ節転移を認める
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I期
T1N0
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II期
T2N0
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III期
T3N0,T1~3N1
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IV期
T4N0~3,T1~3N2~3,M1(遠隔転移が認められる)
【4】症状
舌がんの典型的な症状は、舌の側縁にできるしこり、潰瘍性病変です。舌の硬結、圧痛、口臭などがあげられます。 初期には痛みを伴うとは限りません。舌がんは舌の先端や真ん中にできることは稀です。白斑病変(まわりに比べて真っ白)を伴うこともありますが、必ずしも白いとは限りません。舌は口を開けて鏡に向かうと見えるため、小さいうちにすぐに異常に気づきそうですが、舌の下面は自分では見にくく症状も出現しにくいため進行した状態で受診される方も少なくありません。進行すると芯が大きくなり、潰瘍形成(ほれ込みや裂け目のように見える)を伴うと持続する痛みが出てきます。出血を伴ったり口臭が強くなったりすることもあります。
【5】診断
舌は視診・触診が容易にできますが、舌には白斑症や口内炎・難治性潰瘍など種々の類似疾患も多いため、舌がんの診断には腫瘤(しゅりゅう)の一部を採って、病理組織検査により診断を確定します。舌がんと診断がつけば、病変の根の深さや広がりの程度を正確に診断するために、CTやMRIなどの画像検査を行い、治療方針を検討します。 現時点では、腫瘍マーカーによる血液検査等で診断の手がかりが得られることはありません。
【6】治療と副作用・後遺症
舌がんの治療は、主に手術療法と放射線治療であり、切除の際にレーザーを用いる施設もあります。抗がん剤による化学療法もこれらの治療との組み合わせで行われることがあります。
1.手術
手術で切除しなければならない範囲は、がんの大きさ・深さと位置によって決まり、それによって術後の後遺症は大きく異なります。
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(1)舌部分切除術
がんが小さく浅い場合、舌の一部分を切除してがんの摘出を行います。 切除範囲が小さければ、局所麻酔(痛み止めの注射)で、日帰り手術や数日の入院で可能です。舌の奥の方や咽頭反射(舌を押さえるとゲーとなる反射)が強い場合は、全身麻酔下に手術を行います。 術後数日は、舌が腫れたり痛みを伴ったりして、食事の食べにくいことがありますが、その後はそのような症状は次第に消失していきます。舌の変形が多少残りますが、嚥下や構音などの機能障害はほとんど残りません。味覚障害もありません。
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(2)舌半切除術
がんが舌のまん中に近くまで根を広げている場合、がんのある側の舌を半分切除してがんの摘出を行います。多くの場合、切除後の欠損部(舌のなくなった部分)を種々の方法で再建することにより、術後の機能障害を最小限に抑えることが可能です。 手術後は縫合部が落ち着くまで、1~2週間は口から食事を取ることができないため、経鼻経管栄養(流動食)や点滴による栄養管理が必要になります。 舌の切除範囲が半分までであれば、嚥下や構音などの機能障害は日常生活に支障をきたさない程度です。味覚障害もありません。
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(3)舌亜全摘出術
がんが舌のまん中まで進展してくると、がんのある側の舌を半分以上切除してがんの摘出を行わざるを得なくなります。切除後の欠損部を種々の方法で再建しますが、残った舌の可動性(動きのよさ)により術後の機能障害は大きく異なります。 手術後は縫合部が落ち着くまで、2~4週間は口から食事を取ることができないため、経鼻経管栄養(けいびけいかんえいよう:流動食)や点滴による栄養管理が必要になります。その後、嚥下練習を行いますが、口からの食事だけで十分な栄養が取れるようになるには1~2ヶ月かかる場合も少なくありません。 味覚障害はないものの、嚥下や構音機能の障害は避けられません。残っている舌がごくわずかしかない場合、上下の歯の間にはさまれた食物を内側からうまく支えることができなくなるため、歯があっても十分な咀嚼ができず、軟らかい物しか食べられないこともあります。また、上手く飲み込めずに食物が喉頭から気管に誤嚥しやすい場合もあります。
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(4)舌全摘出術
がんが舌のまん中を越えて反対側まで進展してくると、安全に残せる舌の部分がなくなってしまい舌を全部摘出せざるを得なくなることがあります。切除後の欠損部を種々の方法で再建しますが、大きな機能障害が残ります。 手術後は縫合部が落ち着くまで、経鼻経管栄養(流動食)や点滴による栄養管理が必要になります。その後、嚥下練習を行いますが、口からの食事だけで十分な栄養が取れるようになるには1~2ヶ月かかる場合も少なくありません。 味覚は残るものの、大きな嚥下・構音機能の障害が残ります。歯があっても上下の歯の間にはさまれた食物を内側から支えることができないため咀嚼ができず、流動物を流し込むような食事になります。また、上手く飲み込めずに喉頭から気管に誤嚥が続くような場合には、食道から気道を分離する目的で喉頭全摘が必要になることもあります。この場合、発声機能も失うことになります。
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(5)頸部郭清術(けいぶかくせいじゅつ)
進行がんでは、頸部リンパ節転移を伴っていることが多いため、リンパ節と周囲の組織を含めて摘出する頸部郭清術が同時に行われます。舌がんでは小さながんでも頸部リンパ節転移をきたすことがしばしばあり、転移が明らかでない場合にも頸部郭清術が行われる場合もあります。 術後の後遺症として、下口唇の動きが弱くなったり、肩こりのような頸部の違和感や腕を上げにくくなったりすることがあります。
2.放射線治療
放射線治療の方法には、外照射と組織内照射があります。
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(1)外照射
外照射の「外」は体の外側から放射線を照射するという意味で別名“ライナック”とも呼ばれています。これのみで、舌がんの根治を目指すことはほとんどなく、手術との組み合わせで行われます。副作用を最小限に抑えるため、25~30回前後に分割して照射を行います。1回の照射に要する時間は数分です。通常、1日1回照射を行いますので、治療期間は約1ヶ月半かかりますが、外来通院治療が可能です。 副作用は、照射野(放射線の当たっている範囲)により異なりますが、口腔内が照射野に入っている場合には、一時的な口内炎や味覚障害が生じます。通常は消炎鎮痛剤の内服により対応可能です。 後遺症として口腔乾燥感が残る場合があります。唾液の分泌障害による口内乾燥は、う歯(虫歯)を誘発するため、歯科医によるデンタルケアーが望ましい場合もあります。下顎骨が照射野に含まれている場合には、不注意な抜歯による骨髄炎を避けるため、抜歯の際には注意が必要です。
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(2)組織内照射
全身麻酔下に舌に細いチューブを刺して留置し、そこから放射線を当てる治療法です。目的とする部分に集中的に放射線を当てることができるため、非常に効果が高い方法です。通常3~5日の照射で治療が終了しチューブを抜去します。チューブ留置中は嚥下ができないため、経鼻経管栄養(流動食)や点滴による栄養管理が必要になりますが、抜去後は口から食事ができるようになります。 嚥下や構音機能の障害はほとんど残りません。味覚障害もほとんど回復します。 副作用として、口内炎(放射線によるやけど)が約1ヶ月後をピ-クとして生じます。通常は消炎鎮痛剤の内服により対応可能ですが、長期にわたり口内炎が続く場合もあります。稀に、難易性潰瘍が生じる場合もあります。がんが下顎骨に近接している場合、細心の注意を払い行いますが、骨髄炎や骨壊死(下顎骨が血行障害を起こし腐ってしまう)のリスクも稀にあります。