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誰のためでもないんですよ、自分自身のためにただ、生きたかったから。海老沼 和佐子さん(沖縄県/89歳)

横浜でご主人と二人暮らしだった海老沼さん。息子さんの転勤先である沖縄に移り住んだ矢先、6つ年上のご主人は足腰が弱って寝たきりの状態に…。ご主人の介護で手一杯、ご自身の健康のことは二の次になっていた海老沼さんが肺腺がんと診断されたのは平成25年、86歳の時でした。

ご主人の介護で大変な時期に肺腺がんが発覚

最初にがんが見つかった時はどういう状況でしたか?

主人の介護などで睡眠不足が続いている頃でした。ある時咳が出て、止まらなくなってしまったんです。普段は咳が出るようなこともないし、これは変だと思って近所のお医者へ行きましたら「風邪だから」って一週間分くらいお薬をいただきました。でもそのお薬を飲んでも治らなくて、嫁に「お義母さん、この状態は変だから大きい病院へ行きましょう」と言われて、主人がずっと通院していた南部の病院に行くことにしましたの。

病院で色々な検査をして、結果を聞きに再度病院に行きましたら、先生からいきなり「家族呼んでください」と言われて…。ちょうど土曜日だったので息子に連絡して来てもらったら、今すぐ入院してくださいと先生に言われました。もうその時点では既に、がんの傾向があると家族は告げられたみたいですけど、もっと詳しく検査してからということで、1ヶ月間検査入院でいろんな検査を受けて、がんが発生していることが分かったんです。肺腺がんと診断されました。

病名を聞いた時はどんなお気持ちでしたか?

「がん」って言われた時は頭の中が真っ白になって何も考えられなくて、ポカーンとしましたね。それから、もう自分はダメかと思いました。介護している主人とどっちが早く逝くかしら…と思い、悲しくなりましたよ…。
でもね、「この人をおいては死ねない!」って自分自身に言い聞かせたんです。夫婦ですからね。自分のことより先に主人の面倒を見なくちゃ、自分が頑張らなくちゃ、と思い直して、気を奮い立たせて治療を始めることにしたんです。

がん治療の状況はどうでしたか?

その年の10月1日からイレッサという抗がん剤を服用しました。一応入院して、抗がん剤一粒を朝だけ飲んで様子を見ていたのですが、がん治療といってもその時は別に痛くも痒くもありませんでした。がんってこんなに簡単なものかと、つい安易に思ったりしていたくらいです。
そのうち2~3ヶ月経ってからでしょうか、副作用が出てきました。 最初は指爪の付け根から血がにじんできて、洋服のボタンが掛けられないくらい指先が痛くて強張ってきたんです。

それから背中や体中が痒くなって、病院から塗り薬をいただいて塗っても全然効かなくて、夜中に痒くなって眠れなくて…。本当にね、痒くて寝られないというのがこんなにも辛いものなのか、このまま死にたいと思うくらい…。それが一晩に3回くらいね、やっと眠れたかと思ったらまた痒くなって、翌朝は体力を消耗してグッタリですよ。十分に眠れないので息苦しくて、気持ちも落ち着かないし。そんな時でも寝たきりの主人が居ますから、食事の世話や介護などを私がやらざるを得ない状況だったし。自分の体の状態がきつくても休む訳にはいかず、この時期は精神的にもかなり辛い思いをしましたね。

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